かなり個人的なモンデンの見解も入ってますので、ご使用の際はご注意を(^-^;)。
●丸元淑生の本
・システム自炊法(中公文庫) 1990年5月10日初版


はじめて読んだ丸元淑生氏の本がこの「システム自炊法」でした。
「単身赴任者をはじめ、全てのシングルライフの人に適用しうる食の基本設計をふまえて、炊事嫌いの人でも,週一回料理するだけで外食の欠陥をうめる食事が毎日できる自炊法。」(文庫本・裏表紙紹介文)
そのころ持っていた料理の本は簡単な初心者向けのものが二冊ほどで、栄養とか食生活のことよりも、まずは好きなもんをつくって食えばいいや、という程度のもんでしたね。書店でふと見かけたこの本、「週一回料理するだけで…」という言葉にひかれて購入。でも最初の出会いはあんまり幸福なもんではありませんでした。むしろ、「変なこと考えてる人だなあ」という、どちらかと言えば感心できないなあといった印象を持ったのでした。だって、自分でモヤシを作れとか、単身赴任者は冷や飯をかみしめているほうがいいとか、食材はキロ単位で買えとか、当時のモンデンにはちょっとした「トンでも本」の域に近いもんでした。それに随所に出てくる特定の店名や銘柄の紹介も、営業くさくて実に胡散臭い話に思えたものです。紹介された料理も田舎のおふくろの手料理(きゅうりもみ・おひたし・味噌汁・ニシンの煮つけ等)的内容でしたから、外食に口がおごっていたモンデンの嗜好から言えば丸っきり、逆方向のものでした。ですからじっさい、友人には「このまえ、変な本買っちゃってさあ、…。」と笑い話のネタにしてました(丸元さん、すいません)。
ところが、半信半疑で材料をそろえてレシピにそって一品一品をつくってみると、これが実に舌に新鮮だったんです。もちろん素人のやることですから、特段に美味い料理が出来上がるわけじゃあありません。たとえば「きゅうりもみ」、きゅうりとわかめ・塩・酢でつくる単純なものですが、これがまた奥が深い。自分で塩と酢を塩梅してみるわけですが、調味と言うのはけっこうデリケートで難しいんですね。最初のころはしょっぱすぎたり、すっぱいだけだったりで、自分の好みの味に決まるまでしばらくかかりました。いままで、市販のだしや味の素で適当に味付けしていたあの料理って本当に料理だったんだろうか、と思いました。人間の舌って信じられなくいくらい繊細ですばらしい器管なんですね。
システムの基本的なところは、毎日時間をかけて料理をすることができないのであれば、保存のきく料理をあらかじめ準備しておこう、というものです(かなり簡略化してしまった。)。その内容等については、ぜひご一読いただきたい。ええと、この本で紹介されているようなシステムを全て実行できるかと言われれば、今のところモンデンにも、ちょっと無理ですね。ただしモンデンの「食」に対する意識はこの本を読む前と後ではがらりと変わってしまいました。
(1999/12/23)
・新家庭料理(中公ビジュアル文庫) 1994年9月18日発行


「毎日の食事は、なによりもまずおいしくなくてはならない。一つ一つの材料がおいしく料理されたとき、そして栄養的条件が満たされたとき、家庭が一つになったなごやかな食事になる。」これがこの本のテーマです。
その巻頭、丸元氏は衝撃的な文言を吐く。
「むろん例外はあるに違いないが、私はかねがね、おばあちゃんの料理が既にわが国の食の伝統を正しく継承していないことを悲しく思ってきた。その二代目、三代目であるいまのおかあさんの料理が食の伝統から大きく外れているのはむしろ当然なのだ。」
あまりに激しい興奮気味の論調にモンデンは「おおっと」一瞬ひるんでしまいました。なにもそこまで言う事もあるまいに。へたをすると女性読者全てを敵に回しかねない勢いである。それでもこの序文を読み進めば、氏の言いたいことが単なる非難ではなくて、「これからの世代は男性がすすんで料理に協力して、本来の家庭料理を支えて行かねばならない」という点にあることがうかがいしれます。男女共働きが標準になりつつある現代の家庭では、男性の協力なしには食の伝統が守れない状態にあるのだ、という料理本の域を越えた氏の強い主張が感じられます。つまり男性も女性も共に積極的に台所に立つべきだという考えです。
そういう男女共存共栄家内円満の話はともかく、この本で初めてモンデンは実際の丸元氏の料理を写真で目の当たりにしました。それまで文章とイラストでしか知りえなかったレシピの数々が詳細な料理の写真で目にすることができたのです。レシピの他にも、豆もやしの栽培、スープストックの保存法、基本のだし汁の作り方、調味料の数々など、料理のベースを占める基盤の部分がふんだんに取り入れられていて、とてもためになります。
(1999/12/25)
・続新家庭料理(中公ビジュアル文庫) 1994年10月18日発行


「料理に長い時間を割かなくても、全ての栄養素が過不足なくとれるシステムと方法」(序文より)
前作「新家庭料理」では料理のコア部分の常備菜・基本菜を主にしていましたが、続編のこの本ではコア部分に加えられる基本料理である33品のレシピがメインに紹介されています。巻頭言の、「長い時間を割かなくても」という文言どおり最小限の加熱でできあがり、そして保管がきいて冷めてもおいしいレシピです。ただし長い時間を割かなくても済みますが、手間がかからない簡単料理というわけではありませんので、ご注意ください。
紹介されたレシピに共通しているのは調味料の種類の少なさです。インド料理などを除けば、塩・こしょう・酒だけで味付けし、それも最低限の量(自分の好みでしょうが)で済みます。もともと丸元氏のレシピには使う調味料の量は書かれていません、自分の舌で量れということでしょう。前作と同様に多くの写真が掲載されているので、料理の手順がわかりやすく、また食欲をそそる解説文も楽しめます。
モンデンも「イワシのおじやスペイン風」「ジャガイモとキノコの蒸し煮」「魚介類のシチュー・ナザレ風」等を作ってみました。スペイン風とかナザレ風とかが実際はどんなもんなのかモンデンには良く分かっていませんが、材料自体は近所のスーパーでそろいます。どの料理も塩・胡椒でぴたりと味が決まると気持ちが良いもんですね。丸元氏はあとがきでレシピは一つの芸術「音楽に譬えると、レシピは楽譜に当たるものである。」と書いておりますが、まったくそのとおりだと思います。
(2000/01/24)
・丸元淑生のシステム料理学(文春文庫)1982年6月25日第1刷


「料理はシステムである。システムさえ確立すれば安く、美味で、栄養豊富な食事が家庭で楽しめる。」(文庫本・裏表紙紹介文)
丸元淑生氏が自ら台所に立ち料理をするようになった経緯から始まる本書は、氏の考える本来の家庭料理のあり方を世に問う気迫溢れる1冊となっています。発行された年代からいって丸元料理学の本当の初期の一冊なのかもしれません。その第1章「丸腰で立ち向かうな」はそんな氏の料理に対する基本的なスタンスが示されています。
毎日の料理は第1章であげられた装備(かつお節・昆布・ちりめんじゃこ・たらこ・鮭・いか・たこ等)を基として、第2章以下の料理をプラスしていくというシステムが語られています。第2章から第8章までの内容は、朝食と昼食・味噌汁の作り方と魚・野菜の食べ方・スープストック・肉の焼き方などです。こまかい栄養学的な解説はともかく、紹介されているひとつひとつの料理法はとてもシンプルなものばかりです。かつお節削り器にこだわらずに、スーパーの削り節で十分ですから試してみることをおすすめします。
今読んでもそうですが、本書は当時ではかなり異色の料理本であったと言えるでしょう。あとがきで氏が述べているとおり、当初は貧困な食生活の自衛のために書き起こされたのですが、書き進むにつれて、このシステムが一般家庭の食生活のあり方だけでなく、シングルや若い共働き夫婦へも十分に生かせるものであることに気づいたと書いています。時代を感じさせる東芝製の「電動かつおぶし削り器」が紹介されたり、モヤシの作り方が後年の「ざる式」ではなく「瓶詰め式」であったりはしていますが、基本の線はこのころ既に確立されています。そして、氏が訴えた食生活の危機的状況は残念ながら現在でも解消されていないようです。
(2000/09/26)
・写真・図説入り キッチン・バイブル(講談社ニューハードカバー)1996年4月22日第1刷


料理関係の本はレシピや解説の良いことはもちろん、写真・イラスト等で、具体的にイメージしやすい本が楽しいもんですよね。この本は題名通り写真・図説入りで「台所の道具」と「理想のキッチン」について、丸元氏のモノへのこだわり具合を伝えてくれる本です。ちなみに紹介されているモノをあげてみると、
木ベら・ゴムべら・菜箸・各種杓子・サーバー・サラダボウル・水切り器・スクレイパー・皮むき器・グレイター・乳鉢と乳棒・すり鉢とすりこ木・フライ返し・マッシャー・ほね抜き・うろこ落とし・料理バサミ・かき打ち・砥石と包丁・鰹節削り器・シーラー・ブレンダー・ビタクラフト鍋・たわし・ワインクーラー、等々
紹介されている数々のアイテムは、包丁やたわしを除いて、別段無くても生活に困ることはないモノばかり。ただ、台所に立つとき、サポートしてくれる便利な道具が手元にあるというのは、気分がいいし、実際に作業も短時間で済みます。モンデンも木ベらを使い始めてからは、その便利さにもう手放せなくなってしまいましたし、皮むき器・料理バサミがないとスムーズに料理ができなくなって、ストレスばかりたまってしまうことでしょう。
丸元氏は本書「まえがき」で宮本武蔵の故事を引用し、料理に対しては「器用」が大事であると訴えています。料理をおいしくしたいと思う人は、道具を吟味して選択しないはずが無いではないか。いかな剣豪の武蔵とはいえ木ぎれで荒武者たちに挑む愚は犯さないはず。等々、日常的な行為である料理に対して、武蔵の心構えを説く姿は、まさに筆者の面目躍如といったところでありましょうか。「器用」の大事さ、それは手先の器用さというような問題ではなく、「器(道具)」をいかに見いだして用いるか?という点にあるのだろうなあと思う次第です。
丸元氏の道具へのこだわりは、第2章の「水切り器」編で、その一端をかいま見ることができます。以前から丸元氏は、家族の不評をかいながらも野菜をタオルに包み、それをぐるぐるふりまわすという、人力による野菜の水切りをし続けていました。ある日その苦労を一挙に解決する便利な水切り器が、すでに販売されていたことを知ったとき、自分の不明を怒るとともに、
「・・・つぎには、水切り器の存在をだれ一人教えてくれなかったことに怒りを覚えた。いかに私が料理に熱心とはいえ、毎日毎日台所用品店を見て回るわけにはいかない。いや、料理で忙しければ忙しいほど、台所用品を覗く隙などないのである。誰かが教えてくれなければ知りようがないではないか!」(79頁)
氏の血圧が上がりすぎないよう、編集者の皆さんには、ぜひ積極的なサポートをお願いしたいところです。
(2002/04/07)
●魚柄仁之助の本
・うおつか流 食生活かくめい(講談社) 1998年6月15日発行


モンデンは朝日新聞の「保温調理」を紹介する記事で魚柄仁之助氏のことを知りました。材料を加熱するのに、沸騰後一たん火からおろしてから新聞紙・タオルケットで鍋を包み込んでしまうという料理法には、びっくりしてしまいました。
さっそくモンデンも「保温調理」による煮魚に挑戦してみました。焼き魚はよくやるのですが、煮魚はどうも今まで「こりゃあ、美味い!」という目にあったことがあまり無いし、「煮物は難しい」という先入観があって敬遠気味でした。タオルケットで包むということはしませんでしたが、ステンレス多層構造鍋をつかって火からおろして20分くらいそのままにしておきました。食べてみると、中まで熱がとおっており調味料もしみこんでいて、なかなかの美味でした。食材によって保温しておく時間が違うのでしょうが要領はとくに難しいことも無いし簡単・うまい、で言うことなしです。
面白いことをやるおっさんだなあと思っていましたが、けっこう有名な人だったんですね。書店には氏の本が何冊も置かれているではありませんか。そこで最初に買ったのがこの「うおつか流食生活かくめい」でした。この本では巻頭で、イラストをふんだんに使って52項目にわたって図解入り(「絵解き」)で台所術を公開しています。氏が書いた本では初の試みなんだそうですが、すぐに実行してみたくなるような面白いアイディアがてんこ盛りです。その後に氏の考えるところの「おいらの食べ方」20章が福岡弁(?)をまじえた語り口でつづられています。
本文のなかで魚柄氏は先入観をなくすことを一つのテーマとしています。もともと氏の実家は代々続く古典料理屋で、幼い頃から料理には身近に接してきたそうなのですが、けして伝統や既存の情報をそのまま鵜呑みにすることなく、自ら実践してみること、実際の声に耳を傾けることが大事だと主張しています。「弁当作りは愛情?根性じゃい」「鰹節削りが一般家庭に普及したことはない」「沖縄長寿老人たちは豚肉をあんまり食べてない」「南氷洋で捕鯨するのが食文化なのか」「多少の好き嫌いは個性のうち」「プロの料理と家庭料理では目的が違う」等々、まさに目からうろこが落ちるような、とても面白い内容です。
また食養生について述べた項では、食材以上に大切なのは精神的食養生のほうだと語ります。
「他人のために作ってあげようという精神状態、作ってもらったという状態、これらの作用が人の体を養うのにどれだけ大きく関わってくるか?今の時代に食に取り組むなら、カロリー計算以上に大切な部分だと私は思っとります。
そしてひとりきりでなく、いっしょに食べる誰かがいるかどうか、これも大きな問題です。」(160頁)
まことにモンデンにとっては耳の痛いご指摘であります。
(2000/01/09)
・うおつか流 清貧の食卓(農文協) 1994年6月30日発行
最初に読んだ魚柄氏の本「うおつか流 食生活かくめい」がおもしろかったので、次に買ってみたのがこの本「うおつか流 清貧の食卓」でした。で、本書ですが、魚柄氏の「食」に対する変わらぬ姿勢が感じられ、また細かいレシピなど載っていなくとも十分に説得力ある内容を持っていておもしろかったですね。前著では福岡弁を織りまぜた独特の語り口で、蕎麦をすすりこむような勢いで書かれていましたが、モンデンには本書のような普通の文体のほうがかえってストレートに主張が伝わるような気がします。また本書で丸元淑生氏の「豊かさの栄養学」(新潮文庫)を栄養学の入門書として紹介されていました(32頁)。魚柄氏も丸元氏の影響を受けているのでしょうかね、二人の著書のいわんとするところ、料理に対する考え方や調理法は、多くの共通点があるように思えます。
魚柄氏はまず最初に食のリストラを勧めています。なるべく自然な食品を増やして、一般に売られている(化学調味料・添加物のはいった)加工食品は減らしていきましょう、ということです。便利さ手軽さ、時間短縮、低価格な「もの」を、わたしたちはあまりに簡単に手にすることができる世の中になっています。単身生活者モンデンもそのような便利な「もの」の恩恵をうけているわけです。魚柄氏は「簡単・便利・時間短縮」は加工食品ではなく、別な方法でも十分できることを実証しています。また、実践にあたっては「無理せず」自分にあった方法を工夫するように奨めています。玄米食や無農薬野菜等々に必要以上にこだわらず、まずはできるところから始めてみるほうが良いようです。無理は良くないし長くつづけられませんよね。
「第5章味覚を呼び戻す」で、魚柄氏は自身の味覚の変化を二年間の食改善実験から語っています。モンデンは化学調味料や添加物等は人体に与える悪い影響が科学的にはっきりと実証されていない以上、人に「使うな」とか言えないと思ってます。何事も過剰は良くないです。酒・砂糖・塩だって摂取し過ぎれば毒ですよね。要は自分がどう選択するか?だけのことだと思います。モンデンの場合にしても、昆布やかつお節をつかって自分の舌をたよりに料理する楽しみを知ってしまったので、他の余計な調味料を使う必要がなくなってきたということです。いちいち神経質にコンビニおにぎりや弁当の添加物をチェックしながら食ったって、精神的にも良くないし、たぶん何も得るものはないでしょう。毎日三食全部自分で食事を作れるような生活は、いまのところはとても無理なのですから、せめて一日一食は、自分で作って食べようと思ってます。
ところで、モンデンはどうもこの本のタイトル「清貧の食卓」が気になります。「行い清らかにして私欲なく、それゆえあえて貧乏であること。」が「清貧」の意味です。政治家や権力者が地位を利用して富を求めたりせず、お金と縁遠い生活に安んじることを言うのだと「新明解国語辞典(三省堂)」には書いてありました。ですからモンデンのような低賃金サラリーマンが日々あくせくと働きながら、毎日の食事をやりくりしている姿は「貧乏」くさくはあっても、けっして「清貧」とは言わないということになります。残念ながら。
(2000/01/29)
●奥薗壽子の本
・もっと使える乾物の本(農文協) 1999年3月20日第ニ刷
こまめに冷蔵庫をチェックしていれば済む話なのですが、忘れっぽさでは定評のあるモンデンは、よく賞味期限切れで食べ物をダメにしてしまいます。自分が食べきれる量があれば良いだけなのですが、食料品の買い物は土日にしかできないので、どうしても買い込み過ぎになるようです。夜は繁華街で飲み歩きして予定より外食が多くなると、もうだめです。せっかく買っておいた豆腐や魚・肉などを何度ムダにしたことか…。これではいかん、生産者の皆さんに顔向けできん。
そんなある日、ふらっと寄ってみた本屋で見つけたのがこの本でした。わかめ・のり・ひじき・凍み豆腐・切干し大根・ふ・豆・昆布・湯葉・木くらげ・かんぴょう・春雨・ビーフン・桜えび・干しえび・干し貝柱・ドライフルーツなどなど、素材ごとにもどし方と、簡単な料理のレシピなどをまとめてあるので、とても読みやすくて楽しい本です。
これまでもモンデンは、かつお節や干ししいたけ・煮干などでだしをとったりしていたんで、自分では乾物をよく使ってるほうだ、なんて思ってたもんですが、あまいあまい。だしだけじゃあなくって、料理のメイン(というか、やはり名脇役かな。)にもどんどん使える乾物がいっぱいあるんですね。この本を読んだ後、実家にかえったときは、お歳暮・中元などで、もらったまま使いきれない乾物がけっこうたまっているようなので、あまっている乾物をもらってくるようになりました。
考えてみれば、乾物というのは保存が利くし、栄養もあって健康的、しかも節約にもなるという、優良食品ですよね。しかも、一人暮しで日常的に買い物にあまり行けない人にはとても便利。たとえば豆腐ひとつとっても、うっかり賞味期限をすぎてしまうことがままあるわけですが、凍み豆腐が一袋あれば、いつでも食べたいときに使えます。味噌汁の具も、干ししいたけ・カットわかめ・ひじき・ふなどで、じゅうぶん作れるものですからね。乾物はモンデンのような単身自炊人間にはとても心強い味方です。
料理のレシピがいろいろ紹介されているなかで、いまモンデンが一番はまっているのは、実を言うと最終第七章の4「手羽元スープ」です。モンデンは以前2回ほど鶏ガラスープに挑戦した事があります。しかし、でかい鶏ガラは調理がメンドウで手間ひまがかかるわりにはあまりうまくできなくて、こりゃあいかに丸元淑生さんにすすめられても、自分には向かないなあ、と思ってました。でも、奥薗さんの考えた鶏の手羽元を使ったスープは、手間がかからずスープとゆで鶏・ゆで野菜まで短時間でできるのでうれしいかぎりです。
(2001/02/04)
●東海林さだおの本
・ショージ君の「料理大好き!」(新潮文庫) 1984年8月25日発行


男の手料理について、前にどっかでこんなことを聞いたことがあります。
「トイレに行って手も洗わない男の手料理よりも、女の子の作ってくれたカップラーメンがいい!」
まことに真にせまった至言であります。不肖モンデンにもまったく反論の余地がございません。まあ、他人に食ってもらおうと思うのが、まず間違いの元かもしれません。
モンデンが持っている東海林さだお氏の本はこの本一冊だけです。ショージ君・モヤシの斎藤・カマドの坂本の三人が毎回テーマ毎にゲストを交えて、男の手料理に挑戦するという設定で合計24品が紹介されています。料理の内容によりゲストであるプロ・アマの料理人のかた達が指導・参加してくれて、最後にそのゲストが料理を食べた感想を述べるというもんです。まことに典型的な男の手料理もので読み物としても面白く、おなじみショージ君のイラストもあいまって独自の世界を持ってます。
この本を読んで「あ、これこれ。そうだよなあ。」と思ったのは「炒飯の巻」でした。この回で料理を指導してくれたかたは、家庭のガスでもおいしい炒飯をつくるコツを教えてくれます。コツの一つは炒飯の炒め方、もう一つは卵の混ぜ方です。テレビ番組では、よく豪快に中華鍋をあおって、瞬く間に仕上げて行くのを見かけますが、なかなか一般家庭のガスの火力ではご飯のふんわり感がだせません。どちらかというとべチャッとした炒飯になってしまいがちです。そこで、ご飯を入れたら最初にほぐして、鍋肌に押し付けて行くという作業をします。全体を平らに、ひろく薄く押し付けてはひっくり返し、また押し付けるということを、2分くらい繰り返します。その後に、ご飯を片側によせて、卵1個を割り入れてくずし、全体に混ぜ込んで、最後に調味料を加え1分ほど炒めてできあがり。
特にモンデンが感心したのは卵を混ぜるタイミングです。この本を読む前から不思議に思っていたのですが、たいていの料理の本には、最初に卵を炒めておいて一たん取り出し、ご飯を炒めた後に混ぜなおすように書かれています。モンデンは、ご飯を炒めてから卵を加えて混ぜ込んだほうがずっと美味しいのになあ、そうやって作っているのは自分だけなんだろうか?と密かに不安に思ってました。疑問が解けてちょっと安心しました。
今読み返してみても気楽に読める男の手料理の入門書としておすすめです。まずはいろいろやってみなくちゃ。
(1999/12/26)
●玉村豊男の本
・健全なる美食(中公文庫) 2002年11月25日初版発行


丸善をぶらついて新刊本を眺めていたところ、題名と美味そうな料理の写真にひかれて、この本を購入しました。作者の玉村豊男氏はかなり有名なエッセイストなのだそうですが、モンデンは寡聞にしてこれまでまったく知りませんでした。インターネットで検索すると、HPはあるしファンのサイトにもヒットします。それに、よくいく図書館で氏の本を探したら写真も美々しいりっぱな大型本もでてくるではありませんか。
さて、本書では全体を四季にわけて25品の料理が紹介されております。ニョッキ、リゾット、ベトナム風春巻き、パエリャ、ムサカ等々、麻婆豆腐以外は不肖モンデンの食生活からすこ〜し(かなり?)遠いかなあ、という感じです。手始めに「アサリと豚肉のアレンテージョ風」が美味そうだったんでさっそく挑戦してみました(塩加減に失敗!まだまだ、修行が必要だ。)。著者ご自慢の料理とその解説にあわせて、日々の農園生活の様子が活写されており、季節感が料理をとおしてそのまま伝わってくるような面白いエッセイであります。
あとがきによれば、実際に家で食べる料理の割合は洋食系4、アジア系3、和食系3のあんばいなのだそうです。また、和食についてはこの本ではあえて省いているとのこと(全体のバランスからしてそのほうがまとまりがあるのでしょう。)。「信州の農園でかような西洋料理を日々食べている農民のイメージ」というのはなかなかモンデンには思い描けない所であります。
それにしても春から秋までの時期は農園(4千坪)の作業はかなりの労働量になるでしょう。美味そうな料理や目にしみいるような自然の緑に引きつけられはしますが、その裏には土と向かい合い、熱い太陽に焼かれながらの畑仕事や、雨・霜・病害虫とのたたかいもありましょう。農作業は自然とのたたかいでもありますからね。
(2003/01/19)
●リカ・ザライの本
・私の自然食(筑地書館) 1987年10月20日初版発行


リカ・ザライは1938年生まれイスラエル出身の女性です。本書は彼女がいかにして「自然食」にめざめて、実践するようになったのか?、そして彼女のすすめる「自然療法」とは何か?について書かれたフランスのベストセラー本なのだそうです。
彼女は歌手としてハードワークをこなしていたある日突発的な自動車事故に遭遇し、生死の境をさまよいます。一命はとりとめたものの脊椎をはじめ数カ所を骨折していた彼女は、石膏コルセットのなかで身動きできない絶望的な日々を送ることになりました。病院では骨化をうながすための治療をおこないますが、なぜかなかなかカルシウムが分泌されず医師も看護婦もお手上げの状態でした。そのとき、彼女を救ってくれたのは、「自然食」による治癒力の回復だったのです。
「人間は食べたものによって決定される。病気は食べるものが悪いのが原因だ。」菜食主義者のレイモン・デクストレは初対面のリカ・ザライにこう語ったそうです。その言葉を思い出した彼女は、デクストレに連絡を取りました。病床でデクストレからアドバイスを受けた彼女は「自然療法」を実践することを決意します。もう一度舞台に立って歌いたいという切なる思いがあったからでした。家族のあたたかい介護のもと、自然療法によってリハビリを続けた彼女は、ついに舞台復帰することができたのです。
舞台への感動的な復帰劇をよみきると、ああもう料理なんてどうでもいい。なんて気持ちになってしまいます(^^;)が、それではお話になりません。続きも読みましょう。自然療法といっても特段にむつかしい事を言っているわけではなく、からだにいい食べものを日々の常食としてしていこうという主張です。彼女が例として分類したリストは以下のものです。
からだにいい食べもの−−−野菜 果物 ドライ・フルーツ はちみつ 全粒穀類 植物油 チーズ ヨーグルト たまごと新鮮なバター 天然酵母
よくない食べ物−−−肉 ハム・ソーセージ類 精白糖 精白粉を使った麺類・菓子類・パン 化学油脂 アルコール類 かんづめ コーヒー 紅茶・ココア・チョコレート 精製塩
それがからだに対してどのように「よくて」、「よくない」ものはどうしてやめたほうが良いのかをいろいろな例をあげて解説してくれています。
彼女が特に重視しているのは野菜と果物です。そのためには食事の取り方から変えようという提案をしています。それは「食前のデザート」の実践です。デザートといえば「食後」という決まり文句があるように、果物は食事の後にちょっと食べるという感覚が普通だと思います。果物は食べた方がいいに決まっているけど、おなかがくちくなってしまえば、デザートをとろうという気がなくなるのは事実です。そこを「最初に果物、そして野菜」を食べてあとは欲するままに穀類、肉、魚を食べればいいわけで、習慣的に果物をとれるようになるでしょうね。これはなかなかいいアイディアだと思います。ただし、職場の会食やレストランでの食事をことわって、どっかの片隅で持参したドライフルーツをかじろう、というアドバイスまでは、なかなか実践できかねますが・・・。
(2003/05/03)
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